骨折り損の何とやら…帯広・岩内紀行

〜みゆきさんが育った 北海道 帯広・岩内〜


旅のデータ
旅をした人 ふじくん さん 旅をした時期 2006年9月
旅の目的

みゆきさんの足跡を尋ねて、帯広・岩内に向かう
+JR北海道乗りつぶし(詰めの甘さを露呈)

利用交通機関 JR(余市〜岩内〜小樽間はバス利用
みゆきさん・父眞一郎氏・祖父武市氏に縁のもの
帯広柏葉高校 帯広第三中学校 西本願寺別院 帯広神社 中島公園 
岩内協会病院 岩内港(赤灯台跡) 
関連HP
帯広柏葉高校
西本願寺別院紹介
帯廣(帯広)神社
帯広中島公園
帯広第三中学校
岩内協会病院
岩内港
帯広観光について
岩内観光について


第1部 いざ帯広へ、しかし…

 昨年、みゆきさんの母校である帯広柏葉高校
(正式には道立北海道帯広柏葉高校、以下「柏葉高校」と標記します)

でみゆきさんやドリカムの吉田美和さんら
同校出身者に関する資料の一般公開が行われている、

という記事を「中島みゆき研究所」で見て、ふじくんは

「この機会に、JR北海道乗りつぶしを兼ねて帯広・岩内を訪ねてみよう」と考え、

季節を考えると訪問時期は北海道の高校の夏休みが明ける
8月末が適当だろうと計画しました。

 柏友館は柏葉高校の敷地内にあり、
新聞部顧問のT先生が管理されている、という話だったので
6月末に電話をかけて訪問する旨申し込んだところ、予想外の返事をもらいました。

 「あの一般展示ですか?あれはもう終了し今は公開していませんよ。今後も
予定はないですし、今いらしても期待外れに終わると思いますが」

 「分かりました、それでも伺います」

 結局、行くことに決めました。失望することは覚悟の上で

第2部 帯広の街…みゆきさんの祖父・中島武市氏の足跡

 第1部にも記したとおり、
今回の旅はJR北海道乗りつぶしも兼ねていたため、

午前3時過ぎに帯広に着いて
10時には離れるというハードスケジュールになりました。

青森から特急を乗り継いで(途中夕張まで往復している)15時間余り。
帯広の街は札幌や旭川のように整然とした区画ですが、

夜明け前ということもあって開いている店もなく、
居酒屋で1時間ほど過ごした後ふじくんは1人歩き出しました。

まずは武市氏の足跡を尋ねて。

この町にみゆきさんの記録はほとんど残されていないとなれば、
せめてもの意地です。


@ 西本願寺帯広別院
門徒総代を務めた功績を称える武市氏の胸像がある。
 

 帯広駅の北東約1k、柏葉高校の近くに西本願寺帯広別院があります。

朝早く行った訳ですが、
木陰にひっそりと置かれた武市氏の胸像を見つけることが出来ました。

大事に維持管理されているからか汚れもほとんどなく、
昭和38年に作られたというブロンズ像の面差しはみゆきさんそっくりです。

さらに碑文を見ると奥様、
すなわちみゆきさんのおばあ様の内助の功もたたえられ、

追記(日赤功労者・岐阜県糸貫町(現本巣市)名誉町民)がされており、
追記の日付が「昭和50年10月5日」となっていることに驚かされました。

みゆきさんがデビューしたわずか10日後、
しかも直前に長男である眞一郎氏が倒れた
という極めて微妙な時期に追記がなされた理由はなぜか、

それとも偶然の一致なのか気になりました。

地元新聞社である十勝毎日新聞社に行って調べるにも時間がないため
(私にあとどれだけ時間が残されているのか)

今もこの疑問は解決されていません。

 ちなみに、寺内に武市氏の墓はないようです。


*中島武市氏像の除幕式は1975年11月1日のこと、
 テープカットされたのみゆきさんの従兄弟にあたられる方です。(管理人 註)

A 帯広神社(武市氏寄進の神馬像・鳥居(いずれも石造)がある)

 柏葉高校の西隣、十勝護国神社と並んであります。
(鳥居は「十勝地区岐阜県人有志」が建立した、と刻まれてあります)

B 中島公園武市氏が帯広市に寄贈した公園)

 柏葉高校と道路を面した向かいにひっそりとある三角形の小公園。

「中島公園」と名づけられた由来はいまさら書くまでもありませんが、

公園の規模とは不釣合いなぐらい立派な銅像
(昔のソ連や今もある某国の指導者像ほどではないけど)が立っています。

帯広地方開拓の父・依田勉三氏が鍬を持ち蓑笠姿で横浜港に立ちつづけ、
十勝地方開拓への意思をしめした像です。

去年の「柏葉高新聞」には「歌姫と開拓者」と題した小文が載せられており、

武市氏が小学校時代に校長先生から

 「人は一代、名は末代じゃ。
  金は汚くためても社会公共のためにきれいに使うことが大切だ」

と教えられ、そのために事業家として成功しながら
様々な像を寄贈・寄進したことが記されています。

依田勉三像にしても、
昭和16年に寄贈した2年後に一度金属接収で撤去され、

昭和25年に武市氏は改めて寄贈したというのですから、
熱意の程が伺えます。


 中島家三代、武市氏・眞一郎氏・みゆきさんを比較してみると、
辿った人生の道は違うものの、

一所懸命生きる人々への変わらぬ愛情には共通するものがある、
と感じました。

わが身に照らし合わせると恥じ入るばかりです。

 そのあとみゆきさんの出身中学校である帯広三中をチェックし、
ようやく8時になったので、柏葉高校に向かいました。




第3部 柏葉高校

 前述のとおり、
現在柏葉高校では卒業生の写真や文集などは公開していません。

みゆきさんや吉田美和さんの関係資料も一切撤去されています。

行っても意味のないことだと知ってはいましたが、
どうしてそうなったのか記しておく必要もあるため、訪問することにしました。

 柏友館は校舎に囲まれた中にあり、
そこを管理しているのは新聞部顧問のT先生なので、
彼が出てこないうちは校舎に入ることは出来ません。

ですから、訪問する場合は事前に訪問する時間も説明しておく必要があります。

早すぎると待たされることになります。
10分ぐらい待ってT先生が現れ、柏友館へ案内してもらいました。

 「何もなくて恐縮ですが」
と言われて入ってみたところ、
案の定写真等の展示は一切なし。

当時のプログラムのコピーしかありませんでした。

どうして撤去したのか尋ねたところ、

一般公開後某女性週刊誌が
「高校時代のみゆきさんについて聞きたい」と一度取材に来て、
柏友館に展示された資料から分かった柏葉高校出身者のところへ
勝手にインタビューに行ったため、
プライバシー保護の点で大いに問題があるということで展示を止めた、

とのことでした。
考えてみると当たり前のことで、
「知る権利対個人のプライバシー」と言えばかっこいいですが、
女性週刊誌を始めとするマスコミに理念を期待する方が間違っているし、
展示そのものが危険だったと思います。

  じゃあ柏葉に来た私は一体?

 そのあとT先生からいろいろ話を伺ったところ、

  • 柏友館を訪問する校外者(柏葉高校出身者以外)のほとんどは吉田美和さんのファンで、みゆきさんのファンはめったに訪れることがない。
  • 柏葉祭におけるみゆきさんの初ステージにについて、今年の柏葉高新聞でT先生は「その後の中島みゆきを決定づけるステージ」と書いてはいるけど、基本的には「魔女伝説」による。
  • 中島産婦人科の跡地は現在帯広厚生病院の駐車場になっている。
  • 帯広では中島武市氏の足跡をたどることはたやすい。(市立図書館が一番手っ取り早い。図書館は帯広駅南口にあり、すこぶる都合はいいけど開館は午前10時、月曜休館なので要注意)


とのことでした。柏葉高校から歩いて帯広駅に戻ったのは10時近く。

10時13分の列車で富良野に向かうことになっていたので、
図書館には寄れませんでした。

要するにみゆきさんに関しての情報は全然収穫がなかった、
というわけです。

*2007年1月現在、展示は復活したようです。(管理人)

第4部 岩内町

 帯広を後にし、富良野・留萌・稚内を経由して翌日の夕方、

ふじくんは小樽発寿都行きのバスに乗っていました。

岩内では帰りの札幌行きまで20分しか時間がないため、

赤灯台と眞一郎氏ゆかりの岩内協会病院だけをチェックしよう、
と考えていました。

実はそのバスに帰りのきっぷを置き忘れていたのです。

さらには赤灯台を確認することもできず、

岩内ターミナルから急な坂道を登って岩内協会病院を訪ねましたが、
すっかり新しい建物になっていました。

でも産婦人科はありません。
そのかわりに湾の向こう側にある泊原子力発電所を
嫌になるくらい見るはめに陥りました。

ここでも収穫なしでした。

 もう岩内に来ることはないでしょう。


*岩内港西防波堤にある通称「赤灯台」は、1975年9月に防波堤の延長工事に伴い一度解体されています。解体。なお 同灯台は、昭和8年11月15日に造られたものです。
**その後、「赤灯台」は現在の位置に移設されたようです。その姿は当時のままのようです。(猫左衛門さんによる情報提供)

→ → 現在の赤灯台の場所



おわりに

 駆け足で通過しただけでかなり乱暴な結論ですが、

帯広と岩内にはみゆきさんの痕跡を見ることが出来ませんでした。

みゆきさんが帯広や岩内時代のことに触れたのは

デビューして間もないころであり、

その後は一切口にすることがないのであれば、

それを尊重するほかないでしょう。

柏葉高校のT先生もその点について話していました。

現段階では、帯広は武市氏がみゆきさんに与えた
精神面での影響を探る上では欠かせないのでしょうが、

それ以上のこと(みゆきさんが帯広でコンサートをやることなど)を
望むことは無理ですし、

岩内についてははっきり言って行く意味がないです。

 かなりネガティブな話になり、申し訳ありません。



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