自由研究 No.05
比較検証 「バードランドサーカス」と「この空を飛べたら」
第2回 「COO,COO」
【はじめに】
1989年11月から雑誌「03」で連載された小説「バードランドサーカス」は、
1991年10月に「この空を飛べたら」として、単行本化されました。
変わったのはタイトルだけではなく、ストーリー、個々の文章表現にも多くの変更が加えられています。
両者を比較する事で、みゆきさんの創作過程や言語感覚が浮き彫りになるのではないでしょうか?
- 雑誌「03」(ゼロサン)1989年12月号(創刊号)
- 単行本「この空を飛べたら」(初版 1991年10月9日発行)
以下、両者の文章の相違点を表形式にして掲載いたします。
【表の見方】
【数字】
「この空を飛べたら」
単行本版での文章の位置
(例) 3-15
⇒3ページ15行目 |
「バードランドサーカス」での(オリジナルの)文章 |
「この空を飛べたら」で修正された文章 |
29-2 |
今日もまた、退け時のOL目当てのタイムサービス。 |
今日もまた、OL目当てのサービスタイム、サービスタイム。 |
29-3 |
ブラウス、セーター、スカート、アクセサリーを積んだワゴンを三台と、今日はワンピ(ワンピース)でラックが二台。 |
ブラウス、セーター、スカート、アクセサリーを積んだワゴンが三台、今日はワンピ(ワンピース)のラックも二台。 |
29-6 |
あたしやっとこのごろ、気がついた。店のみんなはとっくに知ってたけど。注意なんか誰もしないから。 |
あたしやっとこのごろ、気がついたんだ。店のみんなはとっくに知ってたみたい。注意なんか誰もしないけど。 |
29-9 |
人が何をしようと勝手だから。 |
社会人なんだから何をしようと勝手でしょ。 |
29-10 |
もうさんざん規則規則って言われ飽きてて、どうでもいい。 |
もうさんざん学校んとき規則規則って言われ飽きたもん。 |
30-1 |
笑顔、納品伝票はこっち、制服に合わないアクセサリーははずして、在庫チェックは…… |
笑顔つくれ、納品伝票はこっち、制服に合わないアクセサリーははずせ……るせえってんだよ。 |
30-3 |
ま、お給料の分だけ、いうこと聞いとくってところで。店の中でのこと以外は、うるさいこと言わないから、ここに勤めてそろそろ二年、かな。わりと続いてる。 |
ま、お給料の分だけ、いうこと聞いとくってかんじ。でもまあ店の中でのこと以外はうるさく言わないから、ここに勤めてそろそろ二年。わりと続いてるほう。 |
30-7 |
べつに、やれって言われれば一応やるよ。やるけどさ。でも、やらない奴はいつもやらなくていいっていうようなかんじになってるからさ。ちょっとムッとくる。 |
べつにさ、やれって言われれば一応やるよ。やるけどさ。でも、やらない奴はいつもやらなくていいっていうようなかんじになってるから、ちょっとムッとくるんだよね。 |
30-9 |
ま、しょうがないよ。オバンだから。 |
ま、しょうがないとしてもさ。あいつオバンだから、 |
30-11 |
だけどさ。あたしと同じくらいに入った人とか他にもいるのに、 |
だけどさあ。あたしと同じくらいに入った人は他にもいるのに、 |
30-14 |
「上原サン、レジイイカラ行ッテキテ」
へえぇ、急に先輩ぶった声出しちゃって。 |
「上原サン、レジイイカラ行ッテキテネ」
へえぇだ、急に先輩ぶった声出しちゃって。 |
31-1 |
真っ白なワゴン。 |
真っ白に塗ったワゴン。 |
31-3 |
脚の間に横に桟があるでしょ。こんなのがあるから、運ぶとき、すぐ向こうズネをぶつけちゃうんだよね。弁慶の泣きどころっていうの?ここ、ぶつけると痛くてさ。あたしなんかもう、白っぽいストッキングなんか恥ずかしくて穿けないよ。アザだらけでしょ。治りかけたらまたぶつけるでしょ。 |
脚の間に横に桟があるのが曲者なんだ。こんなのがあるからあたしたち、運ぶときすぐ向こうズネをぶつけちゃうんだよね。弁慶の泣きどころっていうんだっけ?ここ、ぶつけると痛いんだよね。あたしなんか白っぽいストッキングなんか恥ずかしくて穿けないよ。アザだらけだもん。治りかけてはまたぶつけるでしょ。 |
31-8 |
コードの端を持って、しゃがみこむ。なんかブザマな仕事。制服着てるから一応やるけど。 |
コードの端を持ってあたししゃがみこむ。なんかこれってブザマな仕事。制服着てるから一応やるけど。私服だったら絶対やんない。 |
31-11 |
顔も服装もわからない、足だけの往来。 |
顔も服もわからない、足だけ。 |
31-13 |
ハイヒール、中ヒール、スニーカー、スリッポン
ぴかぴか、泥んこ、ぎくしゃく、ずるずる
太い足、細い足、大きい足、小さい足
ストッキング、ソックス、はだし、あ、今のストッキング破れてた
走ってる足、急いでる足、探してる足、待ってる足
ふつうの足、変な足、きれいな足、匂いそうな足
右へ行く足、左へ行く足、向こうへ行く足、こっちへ来る足
ワゴンの前で立ちどまる足
自動ドアの横までしゃがんで行ってコンセントにソケットを差し込むと、ワゴンに近寄って来る足が一つ、また一つ、増える。
|
ハイヒール。無理しちゃってぇ
中ヒール。五センチ
スニーカー。輸入物みたいな名前だけどホントは国産なんだってアレ
スリッポン。だっせぇ
黒靴。磨いたばっかりじゃん
中ヒール。へぇ、きまってる、七センチ
トカゲ。ストッキングと全然合ってないね
クシャクシャのぺちゃんこ。なんだ乞食か
スニーカー。汚なぁーい。匂いそう
またスニーカー
グリーンのタイツ
白のソックス
今の人ストッキング伝線してた
うわ、あたしより太い足
変な色の紳士ズボン
走る走るローヒール
埃だらけのビジネスマン
右へ行くとバス停、左へ行くと飲み屋街
スクランブル交差点はごっちゃごちゃ
黒パンプス歩くの遅くなった。この人こっちに来そう。やだな面倒くさい
つられてその後ろの人の爪先もこっちに向いた
ワゴンの中かき回してる
あたししゃがんだまま自動ドアの内側んとこのコンセントまでコードを引っぱる
なんだ買わないで行っちゃった。ちぇっ
|
33-8 |
と、あたしも言いながらレジへ戻る。 |
あたしも言いながらレジへ戻る。 |
33-14 |
いまにも雨が降ってきそう、っていうかんじ。 |
なんか、いまにも雨が降ってきそう。 |
33-15 |
このワゴンまた大急ぎで店ん中に運び込まなきゃなんないんだよ。出さなきゃいいのに、こんな日は。 |
あのワゴンまた大急ぎで店ん中に運び込まなきゃなんないんだから出さなきゃいいのに、こんな日は。 |
34-4 |
直ってるみたいでよかった。昨日はこれ、大変だったんだから。 |
直ってるみたい。昨日はこれ、大変だったんだ。 |
34-5 |
ちょうどタイムサービスの真っ最中にさ、レジん中で、どっかロールがひっかかっちゃって回らなくなっちゃったの、 |
ちょうどタイムサービスの真っ最中にレジん中で、どっかロールがひっかかっちゃって回らなくなっちゃってさ、 |
34-8 |
お客さんなんかイライラしちゃってさ。だけどあたしたちに文句言われたって仕方ないんだけど。 |
お客さんなんかイライラしちゃって。あたしたちに文句言われたって仕方ないんだけど。 |
34-10 |
とか言ってわざとらしく腕時計、何回も見てるから、すいません、2Fのほうのレジに回ってくれませんか? |
とか言ってわざとらしく腕時計何回も見るから、すいません2Fのほうのレジに回ってくれませんか? |
34-12 |
買うのやめて帰っちゃったりとか、しちゃうんだよね。 |
買うのやめて帰っちゃったりとか。 |
34-14 |
たしかにエスカレーターないけどさ。あたしたちなんか毎日、三Fまで何十回も走らされてんのよ。 |
この店エスカレーターないのがネックだけどさ。あたしたちなんか毎日三Fまで十回以上も階段走らされてんのよ。 |
34-16 |
放っぽりだしたまんま帰っちゃうんだから、 |
放っぽりだしたまんま帰ったりしちゃうんだから、 |
35-2 |
それで、レジのほうはもう全然、壊れちゃっててダメだから、急いでニFから電卓借りてきて、やったけど。 |
それで、レジのほうはもう壊れちゃっててダメだったから急いでニFから電卓借りてきて、やったけど。 |
35-4 |
だけど、あんまり使ったことないから、だれもよくわかんないじゃない? |
だけどそんなのみんな使ったことないから、だれもよくわかんなくて。 |
35-7 |
ヒサンだった。 |
ヒサン。 |
35-8 |
その分、今日は昨日の残りも入ってるから、ワゴンの中、いいものもまだあるし。 |
今日は昨日の残りも入ってるからさ、ワゴンの中、いいものもわりとある。 |
35-15 |
横でブチブチ言ってる。 |
横でブチブチ言ってる。うるさい。 |
36-5 |
明日、またあたし、昼休みに小銭の両替えに行かされる。 |
明日、またあたしが昼休みに小銭の両替えに行かされるんだから。 |
36-12 |
つまんなさそうな表情。どろんとした眼。
ヤるね、あれは。 |
つまんなさそうな表情。
ヤるよ、あいつら。 |
37-1 |
たいていは見張りだったのね。 |
たいていは見張りだった。 |
37-3 |
見え見えだったかもしんない。 |
見え見えだったのかもしんない。 |
37-4 |
戦利品って、あれみんなどこやっちゃったんだったのかなあ。 |
あの頃の戦利品って、そういえばみんなどこやっちゃったんだったのかなあ。 |
37-5 |
べつに、ビンボーで買えないから万引きしたっていうわけじゃないよ。そんな、欲しい物ってわけでもなかったし。 |
ビンボーで買えないから万引きしたっていうわけじゃないよ。そんなに欲しい物ってわけでもなかったし。 |
37-8 |
捨ててやっただけ。 |
捨ててやったっていうか。 |
37-11 |
って先公は偉そうにブッてたけどさ。ぶぁ〜か。将来のことなんか考えないですむ奴なら、イライラなんかしないんだろ。 |
ってセンコは毎日ブッてたけどさ。ぶぁ〜か。将来のこと考えない奴なら、イライラなんかしないんだよっ。 |
37-13 |
ガッコって結局、あたしみたいなのはさっさと三年経って、トコロテンみたいに卒業して出てけばいいって、 |
ガッコってさ、結局あたしみたいなのはさっさと三年経ってトコロテンみたいに卒業して出てけばせいせいするって、 |
37-15 |
あたしたちは、マジでバカやってられんのは今のうちだけに決まってるじゃん、ってわかってた。だけど、どうせ卒業したって、それから先、 |
生徒のほうだってバカやってられんのは今のうちだけだってわかってるわけ。だけど、どうせ卒業したってそれから先、 |
38-1 |
わかってるじゃん…… |
わかってくるじゃん…… |
38-2 |
卒業?したよ。ガッコなんか全然行かなかったけど、卒業証書送ってきた。 |
卒業はしたよ。ガッコなんか全然行かなかったのに、自宅に卒業証書送ってきた。 |
38-3 |
っていう意味じゃないの?だーれが行くかって。 |
っていう意味じゃないの? |
38-4 |
うちの姉キが結婚するとか言いだしてさ、あたしがいると目障りみたいだったから、家を出て、この街に来ちゃった。 |
その頃うちの姉キが結婚するとかなんとか言いだして、あたしがいるとなんか家ん中で目障りみたいだったから、この街に出て来ちゃった。 |
38-11 |
べつに変ったこともなあんにもない毎日毎日でなんとなく四年も過ぎちゃった。 |
べつに変ったこともなあんにもなく毎日毎日なんとなく、四年過ぎちゃった。 |
38-12 |
コミックに出てくるみたいにさ、メガネはずした顔は意外とドキッとするような二枚目だった店長が、あたしを飲みに連れてってくれるとか、さ。 |
よくコミックとかに出てくるみたいなさ、メガネはずした顔が意外とドキッとするような二枚目の店長が、あたしを飲みに誘ってくれるとかさぁ。 |
38-15 |
うちの店長なんて、ただのくたびれたオッサンだもの。 |
でもうちの店長なんて、ただのオッサンだもん。 |
38-16 |
やっぱりオッサン。 |
やっぱりくたびれたオッサンよ。 |
39-2 |
うちの店にエリートなんているわけないしさあ。 |
うちの店にエリートなんかいないしさあ。 |
39-5 |
金持ちィ。こんなの買っちゃうんだあ。 |
こんなの買っちゃうんだあ。金持ちぃ。 |
39-11 |
けど、学校出ると、 |
学校出ると、 |
39-12 |
どこにいる? |
どこにいるかな。 |
39-14 |
毎日毎日口ん中で言い続けてる。 |
毎日毎日口ん中で言い続けてんの。 |
39-15 |
どうでもいいことばかりをずうっといつまでも喉の奥でゴロゴロ言い続けている、あたしはド鳩だ。 |
どうでもいいことばっかりずうっといつも喉の奥でゴロゴロ言い続けて、あたしド鳩みたい。 |
40-2 |
あたしの方をくすくす笑って見たり気味悪がったりするよ。 |
あたしの方をくすくす笑って見たり気味悪がったりしてんの。 |
40-4 |
全然わかんないみたい。 |
みんな全然わかんないみたい。 |
40-8 |
何のことか、わかんない?……ふぅん。 |
だれも何のことか、わかんない。 |
40-9 |
ブラウスの棚のとこにいるだろ、あの三人。 |
ブラウスの棚のとこに今いる、あの三人。 |
40-10 |
あれ、見ててみな。やるから。 |
あれ、やるから。 |
40-11 |
わかんなかった? |
でもだれもわかんない。 |
40-12 |
なんでわかんないの? |
なんでわかんないのかな。 |
40-14 |
立ってんの見える?スカーフしてる奴。あれ、何してるのかわかるかい? |
さりげなく立ってスカーフしてる奴。あれ、何してるのかあいつらわかってない。 |
41-3 |
あいつら、全然気ィついてないだろ。バカ。 |
あいつら、全然気ィついてない。ばぁーか。 |
41-4 |
あんなに盗った物いつまでも自分で持ってる奴、 |
盗った物いつまでも自分で持ってる奴、 |
41-7 |
って思っちゃうよ。 |
って思っちゃう。 |
41-11 |
でも、あたしはチクらないよ。 |
でも、あたしはチクらない。 |
41-12 |
よく各売場担当者の責任がどうとかってギャーギャー言ってるけど |
よく各売場担当者の責任がどうとかってギャーギャー言ってるみたいだけど |
41-13 |
とかとぼけてりゃいいじゃん。 |
ってとぼけてりゃいいじゃん。 |
41-14 |
自分の店でもないのに、なんであんなにムキになるんだろう。 |
あたしカンケーナイから。 |
41-15 |
あたしは見てるだけでいいんだ。 |
あたしは見てるだけ。 |
41-16 |
あの子たちの手伝いもしてやんない。 |
でもあの子たちの手伝いもしてやんない。 |
42-1 |
そうゆうのはガードマンがやればいいことだろ。 |
そうゆうのはガードマンがやればいいことだもん。 |
42-2 |
あたしは、どっちの手先にもなりたくなんかないよ。 |
あたしはカンケーナイもん。 |
42-5 |
やっぱ、雨が降ってきた。ワゴンなんか出さなけりゃよかったのに。 |
やっぱ、雨が降ってきたみたい。ワゴンなんか出さなきゃよかったのに。 |
42-6 |
あたしはレジ打ってる途中だから、 |
あたしはレジ打ってる途中ですからねー、 |
42-11 |
命令、命令、命令。 |
命令、命令、命令。うれしそうだね。 |
42-14 |
この店まったくどうなってんの。 |
この店まったくどうなってんだろ。 |
42-16 |
雨やどりの客が店に次々と入って来た。 |
雨やどりの客が店に次々と入って来る。 |
43-6 |
急に忙しくなってきちゃった。 |
急に大忙し。 |
43-7 |
この天井、落っこちて来なきゃいいけど。 |
あんなにお客さん上がって、天井落っこちて来なきゃいいけど。 |
43-11 |
お客さんはネ、わりとみんなノッてさ。特にディスコっぽいのとかかかると、 |
お客さんはね、わりとみんなノッてさ。ディスコっぽいのとかかかると、 |
43-13 |
でもあたしたち、それ朝から晩まで聞かされてるんだもの。もう何の曲聞いてるんだかわかんないよ。 |
でもあたしたち、それ朝から晩まで聞かされてるんだから。もう何の曲聞いてるんだかわかんない。 |
44-8 |
この頃どこの店でもビニール傘出してるから、主任、がんばっちゃってえ。 |
この頃どこの店でもビニール傘出してるからと思って、まぁた主任がんばっちゃってえ。 |
44-16 |
ッテオ客サン言ッテタデショ |
ッテオ客サン言ッテマシタケド? |
46-9 |
雨は、さっきより余計強くなってきたみたいで、今夜はやまないかもね。 |
雨は、さっきよりだいぶ強くなってきたみたい。今夜はやまないかもしれない。 |
46-12 |
また、これだよ。 |
また、あたし? |
46-13 |
――バァーカ |
――……… |
46-16 |
試着室の横から、ズッシリ重い段ボールを持ち上げる。 |
試着室の脇に大きな段ボール箱が五個積んである。 |
47-3 |
ブローチ落ちてる。 |
こんな陰にブローチ落ちてる。 |
算出方法の定義が難しいので、相違点を厳密に算出する事ができないのですが、
少なく見積もっても90箇所以上の相違点があります。
【主人公の口調の変化】
主人公(この章では上原サン)の独白で進行するのが、この小説の特色ですが、
多くの修正点は、主人公の口調を変えるために行われています。
これらの修正によって、主人公の人物像に若干の変更を加えようとしたのではないかと推測されます。
では、どんな風に変わったのか?
これは解釈の分かれるところだと思いますが、個人的には次のような点を指摘したいと思います。
この章の主人公、女性店員の「上原サン」は、
「ガッコなんか全然行かなかったのに」高校を卒業し、
その後、家を出て就職した(2年続いた今の職場をわりと続いている方だと思っている)
若い女性(家を出てから4年目といっているので、22歳ぐらい?)
という設定になっています。
その設定をより強調するためか、
「この空を飛べたら」では「上原サン」の言葉遣いには、より未成熟な感じが
表現されているように思います。
29-10 言われ飽きてて、どうでもいい。 → 言われ飽きたもん。
30-1 在庫チェックは…… → るせえってんだよ。
31-3 アザだらけでしょ。 → アザだらけだもん。
「上原サン」の特徴は
自分の人生を愛しておらず、(自分の過去に誇りを持てず、将来に対しても希望を持っていない)
その反射として、他人を理解しようとする事もない
というところにあると思います。
その結果として彼女は、人とコミュニケーションをとることをしません。
彼女にしてみれば、その周囲の事とは、
41-14 自分の店でもないのに、なんであんなにムキになるんだろう。 → あたしカンケーナイから。
42-2 あたしは、どっちの手先にもなりたくなんかないよ。 → あたしはカンケーナイもん。
ということなのです。
他人とコミュニケーションをとることのない彼女は
どうでもいいことばっかりずうっといつも喉の奥でゴロゴロ言い続けて、あたしド鳩みたい。(39-15)
と独り言を言い続けるのですが、
その点が「この空を飛べたら」では更に強調されているように思います。
40-10 あれ、見ててみな。やるから。 → あれ、やるから。
40-11 わかんなかった? → でもだれもわかんない。
40-12 なんでわかんないの? → なんでわかんないのかな。
40-14 立ってんの見える?スカーフしてる奴。あれ、何してるのかわかるかい?
→ さりげなく立ってスカーフしてる奴。あれ、何してるのかあいつらわかってない。
と、このように「バードランドサーカス」では読者に対して喋りかけているような表現が、
「この空を飛べたら」では,独白的な性格が強くなっていると思われるのです。
【31-13】 「足の往来」について
この章の最大の変更点は、
言うまでも無く【31-13】から始まる一連の文章です。
ワゴンの下から通りの人の足の往来を眺める描写が非常に印象的な場面ですが、
同時に、主人公の「鳩のように独り言をゴロゴロ言う」という性格を象徴する
非常に重要な場面でもあります。
同じ着想でも「バードランドサーカス」では足を列挙するだけですが、
「この空を飛べたら」ではそれぞれの足にコメントが付け加わり、
より「独り言」としての性格が前面に出ています。
また視覚的効果も重要な要素となっていると思われます。
バードランドサーカスでは、雑誌の段組の影響で
実際には
ハイヒール、中ヒール、スニーカー、スリッポ
ン
ぴかぴか、泥んこ、ぎくしゃく、ずるずる
太い足、細い足、大きい足、小さい足
ストッキング、ソックス、はだし、あ、今のス
トッキング破れてた
走ってる足、急いでる足、探してる足、待って
る足
ふつうの足、変な足、きれいな足、匂いそうな
足
右へ行く足、左へ行く足、向こうへ行く足、こ
っちへ来る足
ワゴンの前で立ちどまる足
自動ドアの横までしゃがんで行ってコンセント
にソケットを差し込むと、ワゴンに近寄って来る
足が一つ、また一つ、増える。
となり、意味上の切れ目と実際の改行位置が
同調していないのです。
(原稿を書く際に、編集者との打ち合わせがうまくいってなかったのではないでしょうか?)
「この空を飛べたら」では、この表現上の問題を解決し、
よりリズミカルに足の往来を表現することを可能にしているように思います。
この「バードランドサーカス」と「この空を飛べたら」の比較は
連載していく予定です。
そこで、今回私が掲載した相違点に基づいて別の観点からの考察がありましたら、
ぜひ、お聞かせください。
よろしければ、このページに
「私はこう考える」という形で、掲載してみたいと思っています。
(要 ペンネーム)
また、他にみゆきさんに関するデータや研究を発表してみたいが、
発表する場所が無いという方、
形式の整ったものでしたら(出典情報など)
私のホームページのスペースをお貸しします。
どうぞご相談くださいませ。

|